第5回コンサート


コンチェルトグロッソでは、毎回のコンサートで、当日の演奏曲や楽器、演奏家がより身近に感じられるようなプログラムをお渡ししています。
以下は、今回のプログラムです。
すてきな音楽がより身近になれば幸いです。



 コンチェルトグロッソ第5回コンサート
 「横坂源チェロリサイタル」 へようこそ


今宵も、コンチェルトグロッソのメンバー(C)と友人(ゲスト:G)の話が始まります。昨年6月7日に開催された第4回コンサート「伊藤恵ピアノリサイタル〜6月のバラとピアノの名曲と〜」から8ヶ月ぶりのコンサートです。

今夜の演奏家
G.こんばんは。コンチェルトグロッソも5回目のコンサートです
  ね。
C.ありがとうございます。
  毎回、何か新しい試みを楽しんでいただきたいと企画を進
  めてきました。積み重ねるうちに今回を迎えることができま
  した。
  あらためて、お越しくださる観客のみなさまと、快く出演し
  てくださる才能豊かな演奏家に、感謝の気持ちをお伝えし
  たいです。
G.今夜はチェロのコンサートですね。
C.チェロは暖かく深い音色が特色です。炎の博記念堂は、弦
  楽器、しかもチェロのような低音楽器が美しく響くホールで
  す。
  暖炉のそばで揺り椅子に身を任せるように、リラックスして
  音色に浸ってください。きっと身体の  芯から暖まりますよ。
G.楽しみです。
C.本日演奏していただくのは、横坂源さん。将来を期待される
  若手チェリストの一人です。ピアノは鷲宮美幸さん。やはり
  全国で活躍されています。
G.横坂さんは高校3年生ですか。すごいですね。
C.前回ご出演いただいた、ピアニストの伊藤恵さんが期待を
  寄せる演奏家です。音楽家としても育ち盛りの様子が窺える
  のではないでしょうか。

今夜の曲目は?〜前半
C.幕開けは、チェロと言えばバッハの無伴奏組曲、と言われる
  ほど有名な組曲の第4番から、「プレリュード」「サラバンド」
  「ジーグ」の3曲です。
  J.S.バッハ(1685〜1750)は、1717年から6年間をドイツの
  ケーテンという町で過ごしました。いわゆるケーテン時代と
  呼ばれる時代です。生涯をここで終えるつもりだったという
  エピソードが残るほど、充実した日々を送りました。  
  このときに作曲したのが、6曲の無伴奏チェロ組曲です。特
  徴は、古典的な舞曲を数曲ならべ、先頭に前奏曲を置く形
  式です。
  当時のチェロは、現在のように多彩な音色を持ちませんでし
  た。地味な楽器を独奏で際立たせるには、舞曲のように単
  純で優美な曲で構成するほうが明快になるとバッハは考え
  たのです。
G.なるほど。当時のチェロは、地味な存在だったのですね。ど
  んな音色か聞いてみたいです。
  次はシューマン(1810〜1856)の「幻想小曲集」ですね。同
  じ曲名を伊藤恵さんのコンサートでも目にしましたが、同じ曲
  ですか。
C.同名ですが、全く違う曲です。こちらは、もともとピアノとクラリ
  ネットのために作られたものです。今では、クラリネットの代
  わりにチェロでもたびたび演奏されます。
  関連した主題をもつ3つの曲で構成されています。1曲目は
  やさしく静かに始まり、2曲目、3曲目と次第に生き生きと情
  熱的になっていきます。
  できたら3曲目が終わるまで、拍手は待ってください。ちなみ
  にこの曲が作られたのは、156年前の今日、1849年2月12
  日です。
G.バッハとシューマンはドイツの作曲家でしたね。
  前半のしめくくり、カサドはどこの人ですか。
C.カサド(1897〜1966)は、20世紀の音楽家です。スペイン・
  バルセロナ生まれのチェリストで、作曲家でもありました。
  若い頃は、あのカルザス(1876〜1973、スペインのチェリス
  ト)に師事して大きな影響を受け、演奏家として国際的に活
  躍しました。晩年は、ピアニスト原智恵子さんと結婚して日
  本でも有名になりました。原智恵子さんは、最近CDが復刻
  されたり、小説が出版されたのでご存じの方もおられるので
  はないでしょうか。
  この組曲はカサドの、スペイン人としての血、超一流チェリス
  トとしての演奏技術、そしてパリに住んだ頃に交流のあった
  ラヴェル(1875〜1937)らフランス作曲家からの影響が一体
  となり、独特の薫り高い、重みのある組曲になっています。
  1曲目は哀愁漂う幻想曲の「プレリューディオファンタジア」、
  2曲目はスペインカタロニアの舞曲「サルダーニャ」、3曲目
  は間奏曲に続くダイナミックな舞曲から成る「インテルメッツォ
  ダンツァフィナーレ」です。
G.横坂さんの若さがこの曲にどんな息吹を与えるかが楽しみで
  すね。
C.休憩は、ホワイエで珈琲をどうぞ。今夜は、おいしいチョコレ
  ートを添えています。ぜひ味わってください。
  
今夜の曲目は?〜後半
C.後半は、チェロの名曲から2曲。サンサーンス(1835〜1921)
  「白鳥」と、フォーレ(1845  〜1924)「エレジー〜悲歌」で
  す。
G.「白鳥」は私も知っています。
  『動物の謝肉祭』の一曲ですね。
C.いろいろな動物が登場する組曲です。「白鳥」は全14曲の
  13番目の曲です。この曲だけ、チェロ独奏曲として頻繁に演
  奏されます。 
  「エレジー」は、美しい旋律を紡ぎ出したフォーレにふさわしい
  曲です。
  フォーレは、ピアノの詩人と呼ばれたショパン(1810〜1849)
  の流れを受け継いでサロン風のたおやかな作品を得意とし、
  歌曲やピアノ曲が多く残っています。チェロに歌わせることも
  忘れませんでした。
G.プログラムの最後は、ブラームス(1833〜1897)ですね。ドイ
  ツの演奏家でしたよね。ブラームスというと、しかめっ面で寒
  い冬空の下を歩いているような重々しいイメージがあります
  が。
C.そうばかりではありません。伊藤恵さんから、シューマン夫
  妻とのエピソードを伺いました。50代半ば、ブラームスは毎夏
  を、スイスのトゥーンという田舎町で過ごしました。
  まぶしい陽光の中で、ほのかに恋心を抱く女性もいた。その
  ときに作られたのがこのソナタです。明るく力強さにあふれ
  ているのもうなずけるでしょう。4つの楽章からなる堂々とし
  た大曲ですが、ドラマに満ちて飽きさせません。
  また、この曲におけるチェロは雄弁です。バッハの時代には
  伴奏役が多くてあまり存在感のなかったチェロですが、ブラー
  ムスの時代にいたる200年の中で楽器の改良が進み、独奏
  楽器としての地位を確立させ、大輪の花を咲かせたといえる
  でしょう。
G.今日のコンサートは、チェロ音楽の変遷を見る上でも興味深
  いですね。チェロの独奏にふさわしいホールで聞く今夜の演
  奏は、しばらく耳に残りそうです。
C.ありがとうございます。
  ステージのフラワーアレンジも合わせてご覧ください。
  「オランダの花やさん」が、毎回、演奏家や季節に合わせて、
  すばらしい演出をしてくださいます。こうやって花に彩られるコ
  ンサートの舞台はそう多くありません。演奏と合わせてぜひ
  楽しんでください。
●演奏家からのメッセージ

聴衆のみなさまと一緒に楽しめるコンサートをいつも心がけて
おります。よろしくおねがいします。   
横坂 源

歴史あるやきものの町、有田で演奏できること、大変光栄に
思っております。 
鷲宮美幸
●炎の博記念堂では、チェロと会話ができる?
 
以前、記念堂で開催されたチェロの演奏会で、まるで観客とチェリストが
会話するような印象を受けたという声を聞きました。なぜ、そう感じられた
のでしょうか。
 17世紀、たくさんの有田焼がヨーロッパに渡り、貴族の宮殿を飾りまし
た。当時のヨーロッパは、芸術の花開いたバロックの全盛期。音楽では
「宮廷音楽」といわれる、少人数で編成された室内楽が好まれました。現
在のギターやピアノの原型であるリュートやチェンバロの、ささやくような
優しい音が宮廷に響いたのです。
 炎の博記念堂をつくるにあたって目標とされたのは、ヨーロッパに渡った
有田焼が耳をすませた、バロック音楽を聴くのにふさわしいホールづくりで
した。有田の歴史をひもといたのです。ヨーロッパにあるバロックの殿堂と
いわれるホールを手本に、模型による音響実験やコンピュータ解析を繰り
返し、記念堂の内部の広がりや天井の形、壁の凹凸が決められました。
 楽器の音を身近に感じられるのは、そんな背景があったからなのです。
 バロック時代をしのばせるのは音響のしくみだけではありません。有田
焼のシャンデリアや壁に取り付けられた照明器具は、バロック期を想わせ
るデザインで作られています。表面に描かれた果物の「ざくろ」は、当時の
ヨーロッパで好まれた絵柄です。列柱を想像させる壁面の構成も、バロッ
クの建築様式に通じるものです。
 こうしたホールの響きや空間のデザインも愉しんでいただければ幸いで
す。
いつもよい音を響かせていること。
音楽を聴かせるホールにとって、
一番大事なことです。
いつもよい音を身近に感じること。
音楽を愛するのに一番必要なことです。

ヴァレンタインの夜を
お楽しみいただけましたでしょうか。
ご出演いただいた、横坂源さん、鷲宮美幸さん、
そして、お出かけくださったみなさまに、
心より御礼を申し上げます。

プログラムにおつけしたポストカードです。
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